2006年7月31日

インタビュー:南アフリカの伝説的クリケット選手 クライヴ・ライス

南アフリカの伝説的クリケット選手 クライヴ・ライス

クライヴ・エドワード・バトラー・ライス(1949年7月23日生まれ、南アフリカ、トランスバール州ヨハネスブルグ出身)は南アフリカの元国際的クリケット選手です。オールラウンダーであったライスは、平均打率40.95、平均防御率22.49の数値と共に、ファーストクラス・クリケットのキャリアを終えました。

ライスの選手としてのキャリアは、スポーツ界における南アフリカの孤立化の時期とまさに重なっていたため、彼が国際的な活躍をできるようになったのは全盛期が過ぎた後だけでした。南アフリカがスポーツ界における孤立状態から復帰した後、ライスはワンデイ・インターナショナルで3度プレイしました。西インド諸島チームとの1回限りのテストマッチや1992年のクリケットワールドカップでは、彼はチームから外され、議論を呼びました。

クライヴ・ライスは、当団体のチャリティイベント、スポーツ・エクストラバガンザ2006に参加するセレブリティゲストの1人です。スポーツ・エクストラバガンザでは、スポーツ・セレブリティによる病院への慰問祝宴ゴルフデイクリケットマッチなどが行われます。以下は、タイラー基金の共同創立者マーク・フェリスによる、日本訪問を控えたクライヴ・ライスへのインタビューです。

まず始めにクライヴ、9月にあなたを日本でお迎えできることを大変喜ばしく思っています!!

私も日本を訪れるのを本当に楽しみにしていますよ!

クリケット引退後は何をされていたか、教えていただけますか?

ノッティンガムシャーで4年間コーチをしていました。また統一クリケット協会のナショナル・プラスコン・クリケット・アカデミーを設立しました。コーチ業をやめてから、今はfaxをEメールへと変換するのに必要な技術を扱っています。トラクター牽引式で早く動くグレーダーも取り扱っています。また Coegaによってポートエリザベスのすぐ北側に建設されたばかりの港湾地域のプロジェクトにも取り組んでいます。そこには25億ランド分の塩素と淡水化プラントを投入しています。また水の機械に関してWestBankにも関わっています。その機械は接続して電源を入れると、空気中から湿気を取り出してタンクに溜めるため、100%の純水が手に入ります。ですから、今のところやるべきことは山ほどあります…(笑い)

内容もまた、とても多様です…たくさんの事が進行中ですね!

クリケットに関しては、4月にバミューダで行われたワールドカップにオーバー35の代表を連れて行きました。それが最近でのクリケットとの関わりですね。

そのチームは誰がいたんですか?

ゲイリー・キルステンがいました。ピーター・ストリダムもいました。デレク・クルックス。エリック・シモンズ。エイドリアン・カイパー、ヒューイ・ペイジ、ステファン・ジャックがいました。ファニー・ド・ヴィリエ、メイリック・プリングルもいました。それとファイク・ダービッツ。あとマーク・ラッシュメア。

たくさんの古き強き選手たちですね?

いや、いや、いや!オーバー35はまだそのポジションじゃないよ。(笑い)

クライヴ、あなたの経歴を振り返ると、南アフリカが孤立状態だったため公式のテストマッチの参加歴はありませんが、スコットランドやナタール、トランスバール、ノッティンガムシャー、その他世界各地のチームでプレイしていました。振り返って、一番思い出深かった出来事は何でしょうか?

1つは、ノッティンガムシャーで57年ぶりにチャンピオンシップを優勝したことですね。トレントブリッジでの、とても記憶に残る出来事でした。それからもちろん、パッカーズ・ワールドシリーズ・クリケットでプレイしたこと。その試合では、いきなり最高の選手達とひっきりなしに対戦したわけです。本当にタフなクリケットでした。そして素晴らしかった!それと、もちろん、カルカッタでの国際クリケット大会に南アフリカチームを引き連れて復帰したこと。スタジアムには10万人もの観客がいて、それはもう凄い体験でした。それと南アフリカが再び国際クリケットシーンに戻るときに経験したあの大騒ぎ。それからやはり、ニューランズではウェスタン・プロビンス相手に最後の1球で勝ちました。最後の1球で逆転して、ウェスタン・プロビンスのファンを20秒間沈黙させたことは、本当に最高でしたよ!!そしてポートエリザベスでのレーベルシリーズでオーストラリアを下したとき。オーストラリアは18ボール中18ランを必要としていて8ウィケット取っていましたが、全てボウルドアウトにしたんですよ!それとやはり、ローズでナットウェストトロフィーを勝ち取ったこと。ノッティンガムシャーでね。ですから本当にたくさんあります…478回のファーストクラスの試合とさらに470回のワンデイの試合を経験すれば、それはもうたくさんの出来事がありますからね!!

先ほど、対オーストラリア戦のレーベルシリーズについて振り返りました。ワンダラーズでは、ガース・ルルーがハットトリックをきめました。その試合は覚えていますか?

あぁ、その試合では2回ハットトリックがありましたよ!オーストラリアは220あたりを狙っていましたが、ガースがハットトリックをとって、私もハットトリックをきめました。ファーストイニングで2回、セカンドイニングの最初の球でウィケットをとりましたからね。ですからあの試合では、2回のハットトリックがありました。

実は、そのレーベル・オーストラリアのキャプテンだったキム・ヒューズは、ここへ来てもらうよう手筈を整えた最初の選手の内の1人だったのですが、彼はスコットランドで別の用事があるそうです。我々は毎年このイベント行いたいと思っていますから、来年彼をここへお迎えしたいと思っています。

そうですか。それは残念です。彼はとても楽しい人ですからね!

クライヴ、パッカー主催のワールドシリーズ・クリケットについて話を戻します。ひっきりなしに最高の選手達と対戦したとおっしゃいました。振り返ってみて、それはクリケット全体にとって良いことだったでしょうか?

まさに、私たちはパッカーのような人物をクリケットに再び必要としていると思います。着色されたユニフォーム、ナイトクリケット、白いボール、これらは試合にとって本当にプラスでした。壮観さという観点を重要なものとしました。それに彼は本当に最高のクオリティーを求めたと言う事実。残念ながら、現在の国際クリケットの試合はとても平凡ですし、それはクリケットにとって良いことではありません。しかしパッカーは違いました。当時パッカーには最高のものが揃っていたんです。

「最高」といえば、あなたは自身のキャリアの中で、何千人もの選手と対戦しました。ボウラーとして最も難しかったバッツマンは誰でしょうか?

バッツマンとしての私の指導者はバリー・リチャーズでした。バリーは最高でした。それから、もちろんグレイム・ポロック。彼は素晴らしかった。 スニール・ガヴァスカール。ヴィヴ・リチャーズ。グレッグ・チャペル。これらが当時のトップ選手達ですね。こういった人たちに勝つには、本当に難しかったんですよ!

あなたは大体グレイム・ポロックのチームにいましたよね。ですから…。

あぁ良かった!(笑い)

彼も9月にここでお会いしたかった人物でしたが、他のご用事があったようです。もし彼にお会いすることがあったら、私たちが日本で会いたがってるよと一押ししてください!

もちろん!

ボウラーについて話を移しますが、最も対戦するのが嫌だった人は誰でしたか?

対戦するのが嫌なんてことはありませんでした。デニス・リリー、マイケル・ホールディング、アンディ・ロバーツといった選手を相手にするのは、いつも本当にやりがいのあることでしたから。それにスピナーとの対戦も…後年のランス・ギブスと、若いときに対戦したことがあります。しかし彼らと対戦するという体験、そしてそのやりがいだけでも素晴らしいものです…。自分のテクニックを試されるわけですから、対戦するのは易しいことではありませんでした。ですが、それは私が知りたかった事です…つまり自分のテクニックが優れているのか、どこまでやれるか、土台となる基盤ができているのかということです。それに対戦したくないなんてことはありませんでした。日々を過ごすために、外に出てそれについて考えてみて「オーケー、今回は俺は負かされたかもしれない、それはこれが間違ってたからだ」と思うわけです。でも最高の選手と対戦できるやりがいは…素晴らしかった!

多くの素晴らしいオールラウンダーがいた時代の中、あなたもオールラウンダーでしたね。今日のクリケットでは、そうした素晴らしいオールラウンダーの数が少なくなっているように思えます。これはある種の試合の移り変わりを表しているのでしょうか?

いいえ、フリントフのような選手がチームにいれば、イングランドが勝つか負けるかを決める重要な要因になると思います。守備または攻撃のどちらで貢献するにしてもね。過去を振り返れば、ボーサムも同様、ハドリーも同様、カピル・デヴもです。調子が良ければ打撃でも投球でも、チームに多大な貢献をしたものですし、彼らはみな勝利の立役者でした。そしてチームがより多くの選手を得ることにもなると思います。現在、南アフリカにはショーン・ポロック、ジャック・カリスがいますが、カリスはそれほど投げることができていませんね。でももし彼が投球にも集中していたら、実質的には2人選手が余計にいることになるんですよ。

今日はとりたてて南アフリカの新聞一面に良いニュースは載りそうにないですか?(インタビュー時、南アフリカはスリランカに1イニングで負けていた)

予想通りだと思いますよ。この2回のテストシリーズの予想を聞かれたとき、「南アフリカが3-0で負けるだろう!」と言いました。南アフリカにはムラリタランに匹敵するような選手はいません。1人も。それで彼は…1試合に10ウィケット。「ほら、あまりにも明らかだったろう?」と思うわけです。さらにチームにはスミスもカリスもショーン・ポロックもいませんし。今あのチームには大きな穴が空いてるんです。

ムラリタランといえば、彼はもちろん現代の素晴らしい選手の内の1人ですよね。真の才能を持った選手としてもう1人挙げるとすれば、誰でしょうか?

シェーン・ワーンについて言えば、個人的には彼と対戦したことはありませんが…もちろん対戦してみたかったですが、会ってみると彼は素晴らしい人ですね。クリケット選手としてだけではなく、フィールドの外でも中でも素敵な人物です。試合にはそうした人が必要です。リッキー・ポンティングも凄い選手だと思います。それと、やはりブライアン・ララとサチン・テンドルカール。そうした選手ですね、彼らのプレイを見ると…それとケビン・ピーターソンも入りますね。もっと安定性と支配力について実績をあげなくてはいけませんが。それに、あの、彼、フリントフ…素晴らしい選手達ですよ!

クライヴ、あなたはとても果敢で妥協を許さないキャプテンとして評価されています。キャプテンシーについてどのようにお考えですか?そして共にプレイをし、または対戦した中で、素晴らしかったキャプテンは誰ですか?

マイク・ブレアリーはとてもやり手のキャプテンだったと思います。心理的に人に働きかけてるのがとても上手でした。チャペルもとても良いキャプテンだと思いましたね。彼に妥協はありませんでした。試合に出たら、そこでは戦いが始まっているんです。でも一日の試合の終わりには、その境界線を横断する。オーケー、いいよ…戦争は終わり、やっと酒を飲めるぞってね(笑い)その2人とクライヴ・ロイドは、とても頭の切れるキャプテンでした。ヴィヴ・リチャーズ… 彼は良かった。それとバリー・リチャーズも良かったね。それほどチャンスはなかったけど、彼は優秀なキャプテンでした…試合をよく分かっていました。

バリー・リチャーズは、今回か今後の試合に参加するかもしれません。そしてクレイヴ、もう1人はリチャード・ハドレー卿でしたね。名前を挙げていただき、ありがとうございます。彼にも連絡をとったところ、当イベント中は旅行をしているそうですが、次回以降に訪れていただけるようなことをおっしゃっていました。

彼は…彼の名前は挙げませんでしたが。ラッキーなことに、ほとんどの場合、彼と私は同じチームでした。リチャードもオールラウンダーでした…彼は試合を変えましたね。

日本にいらしたことはありますか?

一度もありません。

ディナーにクリケットマッチにゴルフデイと、かなり忙しいスケジュールとなりそうですが、ビールを飲みながら他の人とやりとりをするのも楽しいと思いますよ。これらは全て当基金の募金活動のために行われます。ではお迎えできるのを本当に楽しみにしています!

私もあなた方に協力できることを楽しみにしていますし、お手伝いできるのが嬉しいですよ!